[短編小説] 大田区のブログ

僕が大田区に住むようになってから5年ほどが経つだろうか。
住み始めたころはただの雑多な街という印象だったが、街をぶらついているとヘンな店があったりヘンな人が歩いていたりで退屈しない良い街だ。

ある日、僕が街で見かけたヘンなものを自分だけが面白がっているのはもったいないと思ってブログを始めることにした。
記事はシンプルに街で見かけたヘンなものの写真に一言を添えるだけ。
昔読んだ雑誌の投稿コーナーに似たようなものがあったな、と思いながらコツコツと1年ほど更新を続けていたところ、ある日SNS上で話題になり、毎日数千人がブログに訪れるようになった。
やはり自分が面白いと思ったヘンなものはみんなにとっても面白かったのだ。

アクセス数が増えたのはうれしかったが、とたんに浮かれた記事を書き始めるのも格好が悪いと思い、しばらくは素知らぬふりをしていつも通りに記事を更新していたのだが、そんな頃にプログラマーをやっている友人の内藤が僕のブログが話題になっているのを知って連絡をしてきた。
ちょうど今週末に僕の家の近くに用事があるというので、その後に軽く飲もうということだった。

駅前で合流した後に、僕はブログの中でも特に人気の記事の写真を撮ったところをいくつか彼に案内して、その後手頃な居酒屋に入った。
席に通されておしぼりで手を拭いていると、彼は真面目な顔をしてブログのアクセス数がどれくらいあるか聞いてきた。
「1日数千人くらいだよ、何万人もが来ているわけじゃない」と言うと「十分にすごい」と返される。
彼が言うには個人のブログは毎日数十人程度のアクセスが関の山で、何百人も見る人がいたらなかなか人気があり、何千人にも見られているのであれば芸能人のブログに比肩する規模だとのことだ。
「へえ、そんなものかね」と僕がお通しで出てきたキュウリと何かの酢の物をつつきながら聞いていると、彼は熱っぽく続ける。
なんでもそれだけのアクセスがあれば、ブログに広告を貼ればそれなりの収入になるらしい。
もちろん何十万円も稼げるわけではないけれども、彼が今まで携わってきた仕事から推測するに、例えばこの店くらいの居酒屋になら月に何度か来られるくらいにはなると言う。
なるほど確かにあのブログが多少でもお金になれば、例えば先日ブログに載せた変わった店構えのレストランなんかも、外から写真を撮るだけじゃなくて試しに店に入って食事をすることもできる。
その食事代をブログの広告費でまかなえるのだとしたら、お金の回るサイクルがすごくスムーズだ。

広告を貼ることに興味を持った僕はどんな広告会社に登録したらいいのか、どんな場所に広告を貼ればいいのかを聞き出しながらメモをとった。
一通り話を聞いて、そろそろ帰ろうかということになり会計をする際に、せっかくためになることを教えてもらったので彼の分も出そうとしたのだが、彼は「今日はいいよ、俺が教えたことで本当に儲かったらそのときに奢ってくれ」と言い、結局割り勘になった。

翌朝さっそく教えてもらった広告会社に登録をし、ブログに広告を貼りつけた。
まずはお試しなのであまり目立たない場所に控えめなサイズの広告を1つだけだ。
ブラウザで自分のブログを開いてみると、きちんと広告が表示されていた。
「大田区の廃品回収承ります 見積もり無料」
リロードしてみる。
「蒲田駅周辺のレストランのクーポンをゲットしよう」
良さそうだ。
内藤から聞いたところによると、オンライン広告というのはその広告が掲載されているページの内容に合わせて表示されるらしい。
だから僕のブログは大田区という街についてのブログなので大田区に関連した広告が表示されるわけだ。
ただ僕のブログは大田区民向けの情報サイトというわけではなく、全国の人がアクセスするおもしろ写真館といった趣なので、本当にこんな広告がクリックされるかは少し疑問が残る。
そう考えながらもう一度リロードすると今度はショッピングサイトの広告が表示された。
僕が昨日アクセスしたサイトだ。
買おうか迷っていたジャケットの写真がいくつか並んでいる。
そういえば広告はページの内容だけではなく、アクセスした人の行動履歴をもとに広告を出すことがあるということも教えてもらっていた。
なるほどこれならアクセスした人が北海道に住んでいようが沖縄に住んでいようが関係なく、その人が興味のある広告が出るのか。
いつもネットを見ているときに似たような広告を見たことがあって、どうやったら見ている人に合わせた広告が出せるんだろうと疑問に思っていたが、全部広告会社が上手いこと出し分けをしていたのか。
僕のような素人でもちゃんとしたサイトのように複雑なルールに基づいて、みんなに合致した広告を表示できるなんて広告会社のシステムはすごいと思った。

広告を貼るようにしてから1週間がたった頃に広告会社からメールが届いた。
広告を張る場所を増やしませんか、という案内だった。
内容を読んでみると、どうやらオンライン広告というのはページに1カ所だけ貼るだけでは少なく、ある程度は貼れば貼るだけ広告収入が上がるものらしい。
「広告表示を3カ所に増やせばあなたの収益は○○%上がります!」という文言が自信満々に書かれているが本当だろうか?
きっと広告会社のシステムで膨大な量のデータを解析した結果そういう数字が出ているんだろうけどにわかには信じがたい。
しかし僕としてもこの1週間で得た広告収入は内藤から聞いていたよりもずっと少なく、あまり広告を貼る意味がないと思っていたので、試しに目立つ場所に広告を2つ追加した。

そして普段通りブログを更新しながら、また1週間が過ぎた。
広告を増やしたことに対するお叱りのメールのひとつでも送られてくるかと心配していたが、それは完全に杞憂だった。
広告会社のページから収入を確認してみると、確かに先週までに比べたら圧倒的に収入が増えていた。
この調子なら内藤が言っていたような額にも届きそうな気がする。
しかし自分のブログを見てみると、広告を貼っていなかった頃と比べると少しごちゃついた印象を受けた。
だが文句のメールが来るわけでもなければアクセス数が減るわけでもなかったので、おそらくそんなに気にするような人はいないんだろう。
実際、他のサイトを見れば僕のブログなんて比べものにならないくらい広告だらけでゴチャゴチャのところなんて山ほどある。
「気にするほどのものじゃない。だいたいこれは僕のブログじゃないか」
そう呟きながらパソコンをスリープさせた。

広告を貼るようになってから数ヶ月が経ったころ、久しぶりに内藤に連絡して会うことになった。
僕が「今日はおごってやるからな!」と言うと彼はニヤリとしながら「だろ?」と返した。
店選びは彼に任せたら格安居酒屋に入ろうとしていたので、遠慮することはないと言って料理の美味しい店に連れて行った。

ビールを飲みながらこの数ヶ月にあったことを彼に話した。
とにかく僕は自分が作ったコンテンツが少ないながらもお金になったことが嬉しくて、早くそれを誰かに話したかったのだ。
お金の話というのもあって周りの人間には話しづらかったが内藤になら気兼ねなく話せる。
ブログのアクセスが増えたときも嬉しかったが、ブログがお金になるようになったときも同じくらい嬉しかった。
その喜びを早く共有したかったのだ。

一通り話し終えた後、最後に僕はひとつだけ気になっていることを尋ねた。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど今の僕のブログは広告多すぎじゃないかな」
内藤はおしぼりでビールジョッキの水滴を拭き取りながらキョトンとした顔で答える。
「そうかな。あれからずっとおまえのブログを見てるけど多いと思ったことはないな、むしろ少ないくらいじゃないか」
そう言ってもらえたことに安堵する。
広告が少ないとろくな収入にならないし、増やすとブログがゴチャゴチャする。
そのジレンマで悩んでいると伝えると内藤は軽く鼻で笑いながらこう言った。
「今の時代に広告がないページなんてほとんどないし、見る人も慣れてるよ。おまえのブログに見に来る人は広告が見たいんじゃなくておまえのコンテンツが見たくてアクセスしてるんだからさ、広告なんてさ、目に入っていても注視はしてない。気になってるのはおまえが広告を貼ってる側だからだよ」
自分も薄々感じていたことを他人からはっきり言ってもらえると安心する。
「そうか、そうだよな」
僕は自分の質問が場の空気を少ししらけさせてしまったことに気づいて、それ以上は何も言わなかった。

翌日、メールボックスを見ると広告会社から新しい案内が届いていた。
「新しく登場したおまかせ広告プログラムはあなたのページの最も適切な場所に広告が自動表示されます」
「広告の表示位置はAIによってコントロールされており自動的に最も収益が高くなります」
僕は今までの経験で広告を貼る数や場所によって収入が変わることを学んでいた。
あまり控えめだと誰も見てくれないし、かといって目立ちすぎる場所に貼るとページがうるさくなる。
何度かの調整を経て今の広告表示スタイルになったのだ。
コンテンツや見ている人に合わせて広告を表示するだけではなく、広告を表示させる場所までお任せでやってくれるとは、いやはや広告業界の技術の進歩はめざましい。
「あなたのサイトでおまかせ広告プログラムを導入すると収益は○○%上がります!」
そのメールの最後には堂々とした文言が踊っていた。

試しに今まで貼った広告を全部削除しておまかせ広告プログラムを使ってみることにした。
ブラウザで自分のブログを開くと今までよりずっと目立つ場所にたくさんの広告が表示されていた。
「なるほど、広告収入を増やすためには本当はこれくらいいっぱい広告を貼らなきゃダメなのか」
むしろ広告が少なすぎると言われたことを思い出し、これくらいなら他のサイトと同じくらいだなと思って、おまかせ広告プログラムの採用を決めた。

何日か過ぎたころに収入を確認すると、広告会社が喧伝したほどではないが確かに収入は増えていた。
さらに広告会社からメールが届いた。
「おまかせ広告プログラムがアップデートしました」
「新しいプログラムはあなたのブログに自動でPR記事を表示します」
「AIの書いたPR記事の広告効果は最大限に発揮されます」
「このアップデートによってあなたの収益は○○%上がります!」
「なお、このアップデートはすでにすべてのプログラム利用者に適用されています」
何だ何だ、PR記事というのは。
要領を得ないまま自分のブログを開くと、新着記事のところには「大田区の投資用マンション徹底比較」と題された記事が表示されていた。
こんな記事を書いた覚えはない。
本文には長々と投資用にマンションを買うメリットが説明されている。
スクロールして次の記事を見ると「蒲田で一番安心して任せられる学習塾」とある。
もちろん僕が書いた記事じゃない。
この記事も長々と、いかに学校の勉強だけでは不十分で学習塾に通わせる必要があるかということが書かれている。
指が疲れるくらいにスクロールして、次に表示されたのがやっと僕の記事だ。

いったい何でこんなことになってしまったのか。
僕が書いた最新記事にはコメントが何十件もついている。
めったにコメントなんてつかないブログだ。
怖くて中身を見たくないがスクロールをする指は止められない。
「更新があったと思ったのに広告でがっかりです」
「銭ゲバ」
「広告が多いのでもう見るのやめます」
「ブログを金で売った男、氏ね」
「(自主規制)」
「広告が増えましたね!こういうのってどれくらい儲かるんですか?ボクもブログやってるので教えてください!!」
「(自主規制)」
胸が苦しくなる。
コメントを見るのはやめだ。
SNSをチェックすると同じように広告だらけになったブログがたくさんあるようで大ニュースになっていた。
有名なまとめサイトがそのことを取り上げると「普段から広告だらけのおまえが言うな」とばかりにコメント欄は大荒れだ。
世界中のブログが広告だらけになったのは広告会社のシステムが原因だと言うことが知れ渡るとバッシングは広告会社に向かう。
そして広告会社はこういう事態に慣れているのか、すぐに謝罪文のpdfをアップロードし、おまかせ広告プログラムの停止を発表した。

翌日、僕のブログを開くと広告は全て無くなっていた。
SNSを見ても昨日の狂乱が嘘だったかのように誰もが別の話題へと移っている。
僕は事態が収束したらブログで読者にことの顛末について説明しようと思っていたのだが、なんだかそれも今さらなことのように思えてしまう。
説明すべきか、すべきでないか、考えがまとまらない。
こうやって部屋の中で悶々としていても良い結論は出ないと思い、気分転換に散歩に出かけることにした。
持ち物は財布と、それとスマートフォンも忘れちゃいけない。
今日もまたブログに載せる写真が撮れるかもしれないからね。

睡眠時無呼吸症候群を対策グッズなどで自力で治す方法

子供の頃から鼻中隔湾曲がひどく、それによって睡眠時無呼吸を併発している。
しかし、いざ手術をしてスッキリしてやろうかと思って病院に行っても「手術すべきかどうかは微妙なレベルですね… あとはご本人がどれだけ生活に支障が出てるかというところで決められてはいかがかと。もちろん手術しても改善する保証はありませんが。」と微妙な言い回しをされるばかりで、いまいち手術に踏み切れないまま齢三十四。
もうここまで来たら手術しないで自力でなんとか今後の人生を乗り切ってやるワイと心に決めて色々と試してみたらわりと改善してきたので、今まで試して良かったもの(とイマイチだったもの)を紹介したい。

効いた:ブリーズライト

言わずと知れた鼻づまりの救世主。
消耗品なのでコスパは悪いがつければ鼻呼吸がしやすくなること間違いなし。
類似品もあるがブリーズライトほどのクオリティがあるのは見たことがない。
金さえ許せば最強粘着力を誇るブリーズライトエクストラがおすすめ。
アマゾンで1枚あたり50円強程度なので薬代の代わりと思えばそこまで高くない。

効いた:鼻うがい

こちらも鼻づまりの定番対策。
慣れるまでコツが必要なのでイマイチ定着しないが、慣れれば2〜3分ほどで終わるので歯磨きとかと一緒に日々の日課に取り入れやすい。
道具はコップでもできると言っている人もいるが、専門器具を使った方がダントツにやりやすいので、薬局でハナノアか、アマゾンでハナクリーンSを買った方がいい。
自分はハナクリーンSを愛用している。
液体は専用のものがあったりするが塩水で十分に良い。

効いた:いびき軽減マスク

強制的に口を閉じさせるマスク。
あまり無呼吸に効くという話は聞かないが、試してみたら抜群に効果があった。
アマゾンとかで色々なメーカーのものが売られているが、ぶっちゃけ構造は全部同じなのでレビューなどを見て適当に選べば良いと思う。
自分はACELETEというメーカーのものを使っているが多少ゴムくさいだけで問題ない。
今後は別のものも試してみたい。

効かなかった:吸入器

鼻づまり対策の定番である吸入器だが、いまいち効果を感じづらく、準備や片付けが面倒なので使わなくなった。
鼻うがいの方が良い気がする。

効かなかった:鼻に短い管を差すやつ

「鼻スッキリ O2アップ」というアイテムを使っていたがブリーズライトと比べて効果が低かったので使うのをやめた。

効かなかった:ネルネル

口にテープを貼って鼻呼吸を促すもの。
つけたときの口を塞がれるような違和感が強く眠れなくなった。
自分にはいびき軽減マスクの方が合ったが、この辺は完全に人によるので試してみるしかないと思う。
実際、ネルネル(もしくはサージカルテープで代用)の愛用者は多い。

効かなかった:ダイエット

太っていると無呼吸になりやすいらしいが、痩せているときも太っているときも無呼吸だった。

効かなかった:断酒

酒を飲んでいると無呼吸が悪化するらしいが、個人的には飲んでいても飲んでいなくても無呼吸度合いに違いを感じない。

以上、これまで試してきた無呼吸対策である。
枕の選定や睡眠環境の改善など、細かい生活改善を含めるともっとあるが明確に無呼吸に対する改善手段として行ったのはこのあたりである。
睡眠時無呼吸対策は人によって効いたり効かなかったりが多い印象なので、多少のお金をかけてでも色々と試してみるのをオススメする。

ミニマムでマキシマムなMacBook

2013年頃から使っていたMacBook Airのバッテリーが故障してしまっていて、電源につないでいないと2時間くらいでバッテリーが切れるというモバイルノートにあるまじき状態になってから、はやくRetina版のMacBook Airが出ないものかと心待ちにしていたが、先日のTouch Bar付きのMacBookのラインナップを見て「これはAirはもう出ないな」と決断し、円安のムーブメントに乗るがごとくMacBook Pro 2015 midを購入した。

13インチ MacBook Pro 2.7GHzデュアルコアIntel i5 Retinaディスプレイモデル [整備済製品]¥109,000 (税別)

スペック的にはミニマム。
でもポートはマキシマム。
みんなの大好きなMagSafe2、USB3*2、Thunderbolt2*2、そしてHDMIポートとSDカードスロットまでついてる。
今思うとAppleらしくないてんこ盛りな端子群だが、まだまだディスクドライブのようにお別れを遂げるには少し早すぎる気がする彼らである。

Gmailに移行しました

10年くらいずっとレンタルサーバーのメールサービスを独自ドメインで運用していたんですが、サーバー会社の提供するスパムフィルターを通り抜けて9割方がスパムメールという自体になったため、重い腰を上げて独自ドメインを止めてGmailのメールアドレスをメインで運用するようにしました。
個人メールアドレスは相変わらず独自ドメインなんですが、サービスに登録するのはGmailのアドレスです。
何でもかんでもGoogleにするのは嫌だなあと思ってずっと使ってなかったGmailですが、使ってみるとわりかし便利ですね。
特に今はGmailやInboxでうまいこと振り分けてくれるので、自宅の外でやっかいなプロモーションメールに振り回されることもないですし、意地を張らずにもっと早く使ってもよかったかなあとか思ったり、今まで意地を張り続けていたのが勲章だったりするような、なんだか不思議な気分ですね。

ペルソナ100人飼えるかな?

信じがたいことに優秀なウェブサービス設計者の多くは心の中に100人以上のペルソナを飼っている。

理屈としてはこうだ

リテラシーレベル : 高 中 低
性別 : 男 女
年齢 : 10代〜60代
可処分所得 : 高 低
可処分時間 : 多 少

で、3*2*6*2*2で、最低144パターンくらいのペルソナが、(たとえ自分と全く関係のないサービスでも)ウェブブラウジングをしている最中に、あらゆるUI/UXが適切かどうかについて脳内で評価をしているらしい。
ボタン一つをクリックした瞬間に、女子高生からアラフォーニートまであらゆる人格がそのボタンに対するレビューを行うのだ。

これは羽生善治が1000手を読むのはかなり大変と発言したことに近い常軌を逸した感覚なので、我々凡人がそれをまねするのは非常に困難である。

「そうそう、ネットで話題になっていたアレ見た?」

黎明期のインターネットの話題というのはただ独立した情報の1ブロックとして配信されていた。
ニュースにしても画像にしても猥雑なテキストにしても、情報はソーシャルなつながりを持つことをなく、ただネットワーク上で伝搬されるだけのものであった。

ある程度ネットコミュニティというものが成熟していくにつれて、たとえば2ちゃんねるのニュース速報板などで特定の話題について議論が行われるようになることもあったが、そういった議論はあまりにも雑然としすぎており、議論に参加しない人間がその内容を理解するためにはまとめブログの存在を待たねばならなかった。
その一方で子ニュースサイトや孫ニュースサイトの管理人がニュースに対して少しの補足を行うようなことはあったが、あくまで特定少数の意見であるというスタンスのもと書かれていたそれは読み手にとっては補足以上の何物でもなかった。

だが今はどうだ。
僕たちは毎日ソーシャルメディアを眺めてニュースを得ている。
ソーシャルメディアから得たニュースには、あらゆる人間の意見が書き込まれているし、ソーシャルメディア以外の単純なニュースサイトでも、各ソーシャルメディアのコメントへのアクセスを容易にする仕組みが用意されている。

つまり今は情報を知るということは、同時にその情報に対する人々の反応も同時に知ると言うことだ。
面白い話題に対する「ワロタ」「ウケる」「つまんねー」「アホwww」。
悲しいニュースに対する「泣ける」「こういったニュースに対して我々はもっと真剣に…」「メシウマw」。
情報を得た瞬間に自分で咀嚼する前に他人の意見が大量に流れてくる。
もうこんなにいろいろな人がいろいろなことを語られ尽くしてくるのであれば、僕がこれ以上に考える必要はないんじゃないかと思うほどだ。

オフラインで会話をしているときに何気なく出てくる「そうそう、ネットで話題になっていたアレ見た?」の一言。
僕がそれを見たことがなければ幸いだけど、見たことがあればその情報自身のみではなく、何百何千という人の「いいね」「シェア」「コメント」を見尽くしてしまった僕はもはや自分の言葉でそのニュースを語れない。
いくら語ろうとしても、オンラインで見かけた何百のコメントのいずれかと重複する意見しか出せない。
目の前の彼ももちろん何百ものコメントを斜め読みしているはずなので、僕がこれから口にする言葉は彼にとっての重複情報だ。
インターネット上のあまたの言葉を少しだけ補強するつまらない重複情報だ。

お見合い検索エンジン最適化

僕はお見合いサービスというのを利用したことがないのだけれども、話に聞く限りではどうやらざっくりとした流れとしては
1. お見合いサービスに登録
2. PC上で幾つか自分の好みに合う異性の条件を入力して検索
3. 条件に合う相手にアポイントメントを取りコミュニケーションしてデート
という感じであるらしい。

で、検索大好き人間としては「2」のフローが気になっている。
検索する側としてはどうでもいいのだが、検索される側としてSEOが可能ではないかと考えているのだ。

異性に求める数値(ステータス)というのは、大きなところで言えば、年齢、身長、体重、学歴、職業、そして資産と収入くらいであろうか。
(おそらく本気で相手を探すとなれば、長男か否かとか、親と同居してるかとかそういうややこしいものが山ほど含まれてくるのだろうけど。)

例えば体重なんていうのは一番わかりやすくSEOが可能な項目だ。
痩せすぎていれば太ればいいし、太りすぎていれば痩せて、最も検索結果に含まれやすい数値に調整すればいいわけだ。

そう考えてみると、上にあげた数値(ステータス)の中で、こればかりは本人はどうしようもないだろ、と思える残酷なものが一つある。

身長である。
本人の意思や努力でどうにもならない唯一の要素。
体重とか収入は本人の意思や努力で結構なんとかなる部分があるが、身長だけは本当にどうにもならない。(※個人の見解です)

まあ年齢とかもどうしようもない部分があるかもしれないけれど、誰もが始めは若く、それから老いていくということは共通なわけで、機会の平等という意味で言えば、一番フェアな要素である。
それに比べたら身長は、基本的に子供の頃から老いるまで、大きいやつは大きいままで小さいやつは小さいままなのだ。(※個人の体験に基づいた偏った見解です)

例えば僕は身長が164cmなのだけれども、この状態のままお見合いサービスに登録したらどうなるだろうか。
おそらく検索する側である女性は、男の身長は170cmくらいあってほしいと思うだろうし、多少ゆとりをもたせて165cmをセレクトボックスで選択して検索ボタンを押しても、僕はヒットしないのである。
セレクトボックスが何cm刻みで身長の検索ができるようになってるかは知らないが、人は物を検索するときにはキリのいい数字を選ぶのだ。
170cmの下は165cmだし、その下は160cmだ。
いちいち161cmとかを選択する人は、おそらく検索者が女性であれば「自分の身長(161cm)より背が高ければ」というように例外的に明確な意図を持った人だけだろう。
そういうことを考えていくと、身長164cmの僕というコンテンツがお見合い検索エンジン上でヒットする確率は相当低いのだ。

そしてお見合いサービスの登録から一週間が経過して、僕はPCでサービスにログインしてマイページを開き「自分が検索でヒットした回数」とか「プロフィールが見られた回数」とかを確認して、その数の少なさに僕はショックを受けてスタッフに相談するのだ。
「僕の何が悪いのですか!」と。
そしたらスタッフは言うわけです。
「やはり当サービスの検索履歴のビッグデータを解析してみても身長は165cm以上を基準に検索される女性が多いので… そうですね、ひとまず登録情報の身長の項目を165cmに変更しましょう。大丈夫です、これくらいのサバは誰でもよんでます。私が先日担当した女性も体重を3kg軽めに登録しましたから」

オーノー。

生涯の伴侶を見つけるために、出会う前から嘘をつかなきゃいけないのか。
そして、相手も嘘をついているかもしれないと疑ってかからなきゃいけないのか。

アホくさい。

俺はブラックハットSEOに手を染めるくらいなら、最初から何もやらない。

お見合いなんてクソ食らえだ。

去年、異能vationに送ったやーつ

箸にも棒にもかからなかったやーつ。
っていうか数年前から焼き直してるやーつ。

研究テーマ(50文字以下)*

地図要素の情報リンクによる現実世界の位置情報ゲーム化

実現したい目標 - アンビシャスなテクニカルゴール ー (600文字以下) 80 * 15行

ゲームに熱中しすぎて睡眠不足のときに、ゲームと現実の区別があやふやになった経験のある人は少なくないだろう。
具体的に言えばドラゴンクエストをやりつづけていると、現実世界の「教会」がセーブする場所に見えてくる、といったような経験である。
他にもゲームの定番表現としての「宿屋に泊まることでステータスを回復」「酒場で仲間集め」など、ゲーム中でキーポイントとなる場所というものは、案外この現代日本においてもホテルや居酒屋といった形で少し名前を変えつつも存在している。
本研究はそういった現実世界に存在する店舗などの地図要素を、例えば「きずぐすりを買うにはドラッグストアの近くに行かなければならない」など、それ自身が持つ意味をそのままに位置情報ゲームに取り入れ、拡張現実的に現実世界をゲーム化する試みである。
現実世界をゲーム化している代表的な例としてIngressが挙げられるであろうが、それは一見現実世界をゲーム化しているように見えるが、実際には現実世界にあるオブジェクトを単純にポータルという名前で利用しているのみであり、その地図要素自体の意味を持っていない。
この研究は現実世界とゲーム世界を、地図要素自体の持っている意味で完全にリンクすることにより、現在チェックインサービスなどで断続的に行われている現実世界からインターネットへの接続をよりシームレスなものとして実現するものである。

実現への道筋(1000文字以下)

実現のためには大きく二つのものが必要であると考えている。
まず一つ目が地図情報である。
現実世界をベースとしたゲームを制作するにあたって、道路や建物や店舗など代表的なランドマーク情報は必須である。
ただ地図に関する技術というのは非常に価値の高いものであるが、既に多くの企業が開発研究を手がけており、また地図技術の開発が本研究の目的ではないため、地図情報自体は既存のシステムを利用することを考えている。
二つ目はゲームの実装である。
しかしゲームの内容については情報通信技術というよりゲームデザインの話になってしまうため、ここではあまり触れない。
ただ、一つのゲームを全てのユーザーがプレイすると言うよりも、ゲームデザイン自体は誰でも自由に行えて、ユーザーがプレイするゲームを選べるのが理想型であると考えている。
たとえばホームセンターで武器を調達して町中を歩きながらゾンビと戦うゲームでもいいし、RPGのように酒場で仲間を集めて公園や山などの自然区域でモンスターを倒すゲームでもいい。
そこにストーリー性をもたせて、特定の場所に行くことによってイベントが発生するようにして、スタンプラリーのように各地をめぐることによって物語が進むようにしてもいい。
もちろんリファレンスモデルとして一つのゲームを提供する必要はあるが、そのゲーム性は極力シンプルなものであるべきだろう。
この実現に必要な二つのことについては、それぞれ単独では価値の創造はないが、本研究ではその二つの組み合わせによる化学反応的な新しい価値の発生を目的としたい。

いつかは謝らなければいけないことがある

暖かくなってきたのでクリーニング屋にダウンジャケットを預けてきた。
家で洗えない服は基本的に買わない自分にとって、クリーニング屋に行くのは年間通してこの季節だけだ。
そんなこの季節、クリーニング屋に行くたびに思い出すことがある。

もう8年ほど前になるだろうか。

そのとき僕は初めて入った会社の同期と一緒に酒を飲んでいた。
同期の彼はこう言った。
「実家はクリーニング屋を営んでいるのだが、クリーニング屋というのは意外にも国家資格のいる仕事で、うちの親はそれを持っているのだ」と。
無知な僕は「そんなバカな。服を洗うのになぜ国家資格がいる。なぜアイロンをかけるのに国家資格がいる。」と言った。
彼は「いや、それがあるんだよ」と返した。

僕は彼が酔っ払って適当なことを言っていると思って、それ以上は追求しなかった。

ああ、今思っても、自分はバカだった。
無知だった。

そのときの飲み会はそれで終わったが、その無知さに気づくのはそれから4年ほど後である。

なにげなく映していたNHK教育のテレビ番組でクリーニング工場が見えた。
その番組では、クリーニング屋として独り立ちするために、国家資格であるクリーニング師を目指しながらクリーニング工場で働いている青年を特集していた。

「国家資格であるクリーニング師を目指しながらクリーニング工場で働いている青年を特集していた。」

自分はその番組を見たとき、自分の無知を知り、自分の過ちに気づいた。

ああ、本当に自分はクズだ。
人様の家業を、自分の無知故に貶し、理解しようともしなかった。
カスだ。
ゴミだ。
自分の常識の範囲でしか物事を判断できないアホだ。

ああ謝りたい。
知性の乏しさを自覚した自分は彼に謝りたいと思った。

しかしクリーニング業に国家資格が必要であることを知ったのは、自分が過ちを犯したときからは、あまりにも時間が過ぎていた。
僕はもう会社を辞めていたし、やめた後に少し連絡を取っていた彼とも完全に音信不通になっていた。
絶対に謝らなければいけないことだが、いきなりSkypeで「実は4年ほど前に酒の席で君の親の仕事を…」などと切り出したら、かなりの変人である。
もっと自分がさりげなく連絡を取ってさりげなく話を切り出すことができる人間であれば違ったのだろうけど、残念ながら僕はそういう器用さは持ち合わせていなかった。

結局、そのままだ。
彼とは連絡を取っておらず、今までずっと毎年、クリーニング屋に行くたびにこのことを思い出すだけだ。

でも良いのだ。
良くはないが仕方ないのだ。

自分の無知で人を傷つけてしまうのも、
うまい具合に連絡を取ってさりげなく謝ることができないのも、
俺の業なのだ。

俺にできることは、
次こそは、そうやって人を傷つけるようなことを
次からは絶対に言わないようにする
そうすることだけなのだ。

クリーニング屋に行くたびに、自分のどうしようもなさを再確認して、
次こそは同じような過ちを繰り返さないように心がけることだけが、俺にできる唯一のことなのだ。