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「そうそう、ネットで話題になっていたアレ見た?」

黎明期のインターネットの話題というのはただ独立した情報の1ブロックとして配信されていた。
ニュースにしても画像にしても猥雑なテキストにしても、情報はソーシャルなつながりを持つことをなく、ただネットワーク上で伝搬されるだけのものであった。

ある程度ネットコミュニティというものが成熟していくにつれて、たとえば2ちゃんねるのニュース速報板などで特定の話題について議論が行われるようになることもあったが、そういった議論はあまりにも雑然としすぎており、議論に参加しない人間がその内容を理解するためにはまとめブログの存在を待たねばならなかった。
その一方で子ニュースサイトや孫ニュースサイトの管理人がニュースに対して少しの補足を行うようなことはあったが、あくまで特定少数の意見であるというスタンスのもと書かれていたそれは読み手にとっては補足以上の何物でもなかった。

だが今はどうだ。
僕たちは毎日ソーシャルメディアを眺めてニュースを得ている。
ソーシャルメディアから得たニュースには、あらゆる人間の意見が書き込まれているし、ソーシャルメディア以外の単純なニュースサイトでも、各ソーシャルメディアのコメントへのアクセスを容易にする仕組みが用意されている。

つまり今は情報を知るということは、同時にその情報に対する人々の反応も同時に知ると言うことだ。
面白い話題に対する「ワロタ」「ウケる」「つまんねー」「アホwww」。
悲しいニュースに対する「泣ける」「こういったニュースに対して我々はもっと真剣に…」「メシウマw」。
情報を得た瞬間に自分で咀嚼する前に他人の意見が大量に流れてくる。
もうこんなにいろいろな人がいろいろなことを語られ尽くしてくるのであれば、僕がこれ以上に考える必要はないんじゃないかと思うほどだ。

オフラインで会話をしているときに何気なく出てくる「そうそう、ネットで話題になっていたアレ見た?」の一言。
僕がそれを見たことがなければ幸いだけど、見たことがあればその情報自身のみではなく、何百何千という人の「いいね」「シェア」「コメント」を見尽くしてしまった僕はもはや自分の言葉でそのニュースを語れない。
いくら語ろうとしても、オンラインで見かけた何百のコメントのいずれかと重複する意見しか出せない。
目の前の彼ももちろん何百ものコメントを斜め読みしているはずなので、僕がこれから口にする言葉は彼にとっての重複情報だ。
インターネット上のあまたの言葉を少しだけ補強するつまらない重複情報だ。