[短編小説] 大田区のブログ

僕が大田区に住むようになってから5年ほどが経つだろうか。
住み始めたころはただの雑多な街という印象だったが、街をぶらついているとヘンな店があったりヘンな人が歩いていたりで退屈しない良い街だ。

ある日、僕が街で見かけたヘンなものを自分だけが面白がっているのはもったいないと思ってブログを始めることにした。
記事はシンプルに街で見かけたヘンなものの写真に一言を添えるだけ。
昔読んだ雑誌の投稿コーナーに似たようなものがあったな、と思いながらコツコツと1年ほど更新を続けていたところ、ある日SNS上で話題になり、毎日数千人がブログに訪れるようになった。
やはり自分が面白いと思ったヘンなものはみんなにとっても面白かったのだ。

アクセス数が増えたのはうれしかったが、とたんに浮かれた記事を書き始めるのも格好が悪いと思い、しばらくは素知らぬふりをしていつも通りに記事を更新していたのだが、そんな頃にプログラマーをやっている友人の内藤が僕のブログが話題になっているのを知って連絡をしてきた。
ちょうど今週末に僕の家の近くに用事があるというので、その後に軽く飲もうということだった。

駅前で合流した後に、僕はブログの中でも特に人気の記事の写真を撮ったところをいくつか彼に案内して、その後手頃な居酒屋に入った。
席に通されておしぼりで手を拭いていると、彼は真面目な顔をしてブログのアクセス数がどれくらいあるか聞いてきた。
「1日数千人くらいだよ、何万人もが来ているわけじゃない」と言うと「十分にすごい」と返される。
彼が言うには個人のブログは毎日数十人程度のアクセスが関の山で、何百人も見る人がいたらなかなか人気があり、何千人にも見られているのであれば芸能人のブログに比肩する規模だとのことだ。
「へえ、そんなものかね」と僕がお通しで出てきたキュウリと何かの酢の物をつつきながら聞いていると、彼は熱っぽく続ける。
なんでもそれだけのアクセスがあれば、ブログに広告を貼ればそれなりの収入になるらしい。
もちろん何十万円も稼げるわけではないけれども、彼が今まで携わってきた仕事から推測するに、例えばこの店くらいの居酒屋になら月に何度か来られるくらいにはなると言う。
なるほど確かにあのブログが多少でもお金になれば、例えば先日ブログに載せた変わった店構えのレストランなんかも、外から写真を撮るだけじゃなくて試しに店に入って食事をすることもできる。
その食事代をブログの広告費でまかなえるのだとしたら、お金の回るサイクルがすごくスムーズだ。

広告を貼ることに興味を持った僕はどんな広告会社に登録したらいいのか、どんな場所に広告を貼ればいいのかを聞き出しながらメモをとった。
一通り話を聞いて、そろそろ帰ろうかということになり会計をする際に、せっかくためになることを教えてもらったので彼の分も出そうとしたのだが、彼は「今日はいいよ、俺が教えたことで本当に儲かったらそのときに奢ってくれ」と言い、結局割り勘になった。

翌朝さっそく教えてもらった広告会社に登録をし、ブログに広告を貼りつけた。
まずはお試しなのであまり目立たない場所に控えめなサイズの広告を1つだけだ。
ブラウザで自分のブログを開いてみると、きちんと広告が表示されていた。
「大田区の廃品回収承ります 見積もり無料」
リロードしてみる。
「蒲田駅周辺のレストランのクーポンをゲットしよう」
良さそうだ。
内藤から聞いたところによると、オンライン広告というのはその広告が掲載されているページの内容に合わせて表示されるらしい。
だから僕のブログは大田区という街についてのブログなので大田区に関連した広告が表示されるわけだ。
ただ僕のブログは大田区民向けの情報サイトというわけではなく、全国の人がアクセスするおもしろ写真館といった趣なので、本当にこんな広告がクリックされるかは少し疑問が残る。
そう考えながらもう一度リロードすると今度はショッピングサイトの広告が表示された。
僕が昨日アクセスしたサイトだ。
買おうか迷っていたジャケットの写真がいくつか並んでいる。
そういえば広告はページの内容だけではなく、アクセスした人の行動履歴をもとに広告を出すことがあるということも教えてもらっていた。
なるほどこれならアクセスした人が北海道に住んでいようが沖縄に住んでいようが関係なく、その人が興味のある広告が出るのか。
いつもネットを見ているときに似たような広告を見たことがあって、どうやったら見ている人に合わせた広告が出せるんだろうと疑問に思っていたが、全部広告会社が上手いこと出し分けをしていたのか。
僕のような素人でもちゃんとしたサイトのように複雑なルールに基づいて、みんなに合致した広告を表示できるなんて広告会社のシステムはすごいと思った。

広告を貼るようにしてから1週間がたった頃に広告会社からメールが届いた。
広告を張る場所を増やしませんか、という案内だった。
内容を読んでみると、どうやらオンライン広告というのはページに1カ所だけ貼るだけでは少なく、ある程度は貼れば貼るだけ広告収入が上がるものらしい。
「広告表示を3カ所に増やせばあなたの収益は○○%上がります!」という文言が自信満々に書かれているが本当だろうか?
きっと広告会社のシステムで膨大な量のデータを解析した結果そういう数字が出ているんだろうけどにわかには信じがたい。
しかし僕としてもこの1週間で得た広告収入は内藤から聞いていたよりもずっと少なく、あまり広告を貼る意味がないと思っていたので、試しに目立つ場所に広告を2つ追加した。

そして普段通りブログを更新しながら、また1週間が過ぎた。
広告を増やしたことに対するお叱りのメールのひとつでも送られてくるかと心配していたが、それは完全に杞憂だった。
広告会社のページから収入を確認してみると、確かに先週までに比べたら圧倒的に収入が増えていた。
この調子なら内藤が言っていたような額にも届きそうな気がする。
しかし自分のブログを見てみると、広告を貼っていなかった頃と比べると少しごちゃついた印象を受けた。
だが文句のメールが来るわけでもなければアクセス数が減るわけでもなかったので、おそらくそんなに気にするような人はいないんだろう。
実際、他のサイトを見れば僕のブログなんて比べものにならないくらい広告だらけでゴチャゴチャのところなんて山ほどある。
「気にするほどのものじゃない。だいたいこれは僕のブログじゃないか」
そう呟きながらパソコンをスリープさせた。

広告を貼るようになってから数ヶ月が経ったころ、久しぶりに内藤に連絡して会うことになった。
僕が「今日はおごってやるからな!」と言うと彼はニヤリとしながら「だろ?」と返した。
店選びは彼に任せたら格安居酒屋に入ろうとしていたので、遠慮することはないと言って料理の美味しい店に連れて行った。

ビールを飲みながらこの数ヶ月にあったことを彼に話した。
とにかく僕は自分が作ったコンテンツが少ないながらもお金になったことが嬉しくて、早くそれを誰かに話したかったのだ。
お金の話というのもあって周りの人間には話しづらかったが内藤になら気兼ねなく話せる。
ブログのアクセスが増えたときも嬉しかったが、ブログがお金になるようになったときも同じくらい嬉しかった。
その喜びを早く共有したかったのだ。

一通り話し終えた後、最後に僕はひとつだけ気になっていることを尋ねた。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど今の僕のブログは広告多すぎじゃないかな」
内藤はおしぼりでビールジョッキの水滴を拭き取りながらキョトンとした顔で答える。
「そうかな。あれからずっとおまえのブログを見てるけど多いと思ったことはないな、むしろ少ないくらいじゃないか」
そう言ってもらえたことに安堵する。
広告が少ないとろくな収入にならないし、増やすとブログがゴチャゴチャする。
そのジレンマで悩んでいると伝えると内藤は軽く鼻で笑いながらこう言った。
「今の時代に広告がないページなんてほとんどないし、見る人も慣れてるよ。おまえのブログに見に来る人は広告が見たいんじゃなくておまえのコンテンツが見たくてアクセスしてるんだからさ、広告なんてさ、目に入っていても注視はしてない。気になってるのはおまえが広告を貼ってる側だからだよ」
自分も薄々感じていたことを他人からはっきり言ってもらえると安心する。
「そうか、そうだよな」
僕は自分の質問が場の空気を少ししらけさせてしまったことに気づいて、それ以上は何も言わなかった。

翌日、メールボックスを見ると広告会社から新しい案内が届いていた。
「新しく登場したおまかせ広告プログラムはあなたのページの最も適切な場所に広告が自動表示されます」
「広告の表示位置はAIによってコントロールされており自動的に最も収益が高くなります」
僕は今までの経験で広告を貼る数や場所によって収入が変わることを学んでいた。
あまり控えめだと誰も見てくれないし、かといって目立ちすぎる場所に貼るとページがうるさくなる。
何度かの調整を経て今の広告表示スタイルになったのだ。
コンテンツや見ている人に合わせて広告を表示するだけではなく、広告を表示させる場所までお任せでやってくれるとは、いやはや広告業界の技術の進歩はめざましい。
「あなたのサイトでおまかせ広告プログラムを導入すると収益は○○%上がります!」
そのメールの最後には堂々とした文言が踊っていた。

試しに今まで貼った広告を全部削除しておまかせ広告プログラムを使ってみることにした。
ブラウザで自分のブログを開くと今までよりずっと目立つ場所にたくさんの広告が表示されていた。
「なるほど、広告収入を増やすためには本当はこれくらいいっぱい広告を貼らなきゃダメなのか」
むしろ広告が少なすぎると言われたことを思い出し、これくらいなら他のサイトと同じくらいだなと思って、おまかせ広告プログラムの採用を決めた。

何日か過ぎたころに収入を確認すると、広告会社が喧伝したほどではないが確かに収入は増えていた。
さらに広告会社からメールが届いた。
「おまかせ広告プログラムがアップデートしました」
「新しいプログラムはあなたのブログに自動でPR記事を表示します」
「AIの書いたPR記事の広告効果は最大限に発揮されます」
「このアップデートによってあなたの収益は○○%上がります!」
「なお、このアップデートはすでにすべてのプログラム利用者に適用されています」
何だ何だ、PR記事というのは。
要領を得ないまま自分のブログを開くと、新着記事のところには「大田区の投資用マンション徹底比較」と題された記事が表示されていた。
こんな記事を書いた覚えはない。
本文には長々と投資用にマンションを買うメリットが説明されている。
スクロールして次の記事を見ると「蒲田で一番安心して任せられる学習塾」とある。
もちろん僕が書いた記事じゃない。
この記事も長々と、いかに学校の勉強だけでは不十分で学習塾に通わせる必要があるかということが書かれている。
指が疲れるくらいにスクロールして、次に表示されたのがやっと僕の記事だ。

いったい何でこんなことになってしまったのか。
僕が書いた最新記事にはコメントが何十件もついている。
めったにコメントなんてつかないブログだ。
怖くて中身を見たくないがスクロールをする指は止められない。
「更新があったと思ったのに広告でがっかりです」
「銭ゲバ」
「広告が多いのでもう見るのやめます」
「ブログを金で売った男、氏ね」
「(自主規制)」
「広告が増えましたね!こういうのってどれくらい儲かるんですか?ボクもブログやってるので教えてください!!」
「(自主規制)」
胸が苦しくなる。
コメントを見るのはやめだ。
SNSをチェックすると同じように広告だらけになったブログがたくさんあるようで大ニュースになっていた。
有名なまとめサイトがそのことを取り上げると「普段から広告だらけのおまえが言うな」とばかりにコメント欄は大荒れだ。
世界中のブログが広告だらけになったのは広告会社のシステムが原因だと言うことが知れ渡るとバッシングは広告会社に向かう。
そして広告会社はこういう事態に慣れているのか、すぐに謝罪文のpdfをアップロードし、おまかせ広告プログラムの停止を発表した。

翌日、僕のブログを開くと広告は全て無くなっていた。
SNSを見ても昨日の狂乱が嘘だったかのように誰もが別の話題へと移っている。
僕は事態が収束したらブログで読者にことの顛末について説明しようと思っていたのだが、なんだかそれも今さらなことのように思えてしまう。
説明すべきか、すべきでないか、考えがまとまらない。
こうやって部屋の中で悶々としていても良い結論は出ないと思い、気分転換に散歩に出かけることにした。
持ち物は財布と、それとスマートフォンも忘れちゃいけない。
今日もまたブログに載せる写真が撮れるかもしれないからね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です