インデックスされないインターネット


以下、自動筆記の垂れ流し。

「若者はGoogle検索を使わない」というようなことが言われ始めて、もう何年経っただろうか。

テキスト文化で育ったはずの僕も、今やGoogleで検索してインデックスされたテキストコンテンツを探すなんて、例えばプログラミングの情報や商品の価格やレビューを調べるときくらいだ。
検索しても面白いコンテンツに出会えることなんてほとんどない。
検索は便利ではあるが楽しくはないのだ。
いや、検索を便利に使うにも、それなりの検索やインターネットのリテラシーが必要なので、多くの人にとっては過剰にSEOされたコンテンツばかりが見つかるダメなサービスという印象のほうが強いのかもしれない。
それよりは、TwitterやInstagramやTikTokである程度発信者の人物像が見える人からエモーショナルな情報を得たほうが楽しいし役に立つのだろう。
だから若者はTikTokを見て本を買う。

そういえば昔のインターネットも、検索で面白いコンテンツに辿り着くなんてことはほとんどなかった気がする。
多くは自分の好きなサイトのリンク集から芋づる式にコンテンツをめぐりたどって新しいものを見つけていた。
もしくはReadMe! JAPANとかからか。

そういった見る側のインターネット上の行動が変わったせいか、コンテンツを発信する人も、昔であればホームページなりブログでやるようなことをYouTube動画やニュースレターサービスで発信することが増えたような気がする。
ビジネスとしてインターネット上にコンテンツを出すのであれば、流入を最大化する必要があるが、趣味でやるのなら、ごく少数のわかる人にだけ見てもらってだんだんと人が増えることを期待するほうが負担は少なそうだ。
いわばバズらない設計だろうか。
僕の好きな物書きや動画製作者も、全くバズを狙っていない人が結構な割合でいる。
そして、そういうバズらないコンテンツを見つけ出したということがある種の特別感を抱かせている事実もある。

バズは高揚感もあるが、それにまつわる面倒臭さが多いのも事実である。
Twitterでは毎日のようにバズったコンテンツの周辺で炎上が繰り返されている。

そんな面倒くさいインターネットより、IRCやMSNメッセンジャーや、もしくは今日始めてアクセスしたサイトに埋め込まれたチャットでの刹那的なコミュニケーションこそが、僕たちが楽しかったインターネットそのものではないだろうか。
日々のつぶやきなんかはTwitterなんかで書くより、身近なわかっている人向けだけに書いて、ある程度の集大成となるようなものを公開したほうが人々は幸せになれるんじゃないだろうか。
インターネット上にコンテンツが少なかった頃は公開すること自体を良しとする文化があったけれども、もうこれだけ十分にコンテンツがあったら、情報の濃度の低いものはわざわざ公開しなくても良いんじゃないだろうかと思う。

そう考えると、これからはやはり公に開かれたインターネットより、程よくローカルなインターネットが流行っていってほしい。
それはマストドンであったりVRChatであったりDiscordであったりするのかもしれない。

ただそういった半パブリック半クローズドなコミュニティというのは、定期的に外部から人が流入しないとタコツボ化してしまうので難しいというのがある。
そして運営者がそれをマネタイズしにくいというのもある。
逆にマネタイズしにくいというのもメリットで、非営利な雰囲気みたいなのも居心地が良い。
が、運営費が完全に無料であればそれでも良いけれども、サーバー代なりがかかってくると、完全に運営者の善意で続くことがないので、いずれは終わってしまう。

いや、終わってしまっても良いのかもしれない。
いくら営利を追求しても永遠に続くサービスはないのだから、それは新陳代謝と言われるような良い影響かもしれない。

まあしかし、昔のインターネットはなんであんなに非営利で成り立っていたのだろうか。
僕は割と早いフェーズでインターネットで飯を食っていこうと思ったのでマネタイズに舵を切ったが、本当に非営利で良いコンテンツを生み出している人がたくさんいた。
インターネットがなく、家の中でコンテンツを作っているだけで発表の場がなかった時代を知っている人たちが、見てもらえるだけで嬉しいと思って公開していたんだろうか。
僕にもそんな気持ちを持っていた頃があったかもしれないけれども、もう忘れてしまったな。

今はかなりコンテンツをマネタイズしやすい土壌ができ、10年前のインターネットのような「(たとえオリジナルのコンテンツでも)金儲けするのは許せねえ!」みたいな感じも少なくなって、むしろインディーから商業に行くことを純粋に祝う人が多くなった。

というか、当時のお金儲けに対する反発は何だったんだろうか。
クリエーターが遠い存在になってしまう寂しさから来た反発なんだろうか。
でも、ずっとインディーでやっていると長く続かないというのをコンシューマーも理解し始めて、商業に行くのを少し寂しがりながらも笑顔で送り出すみたいな感じになったんだろうか。
いや、ずっと昔のインターネットに存在していた「インターネットは商業であるべきか」みたいな論が、もう途絶えてしまったから、今の人は本当にフラットにインターネット上での商業活動に理解を示しているのかもしれない。

逆に過剰に商業っぽさを求められるようになったという面もある。
当時よく見ていた、とあるVtuberが配信予告をしたのにドタキャンして飲みに行ってしまったことが視聴者からかなりの批判を受けていたことがあるのだけれども、僕は配信なんて気が向いたときにやるもんなんだから別に飲みに行くくらいいいじゃんと思っていた。
でもそれはきっと動画配信黎明期にみんなが適当にやって、見る人も適当に見に来ていたみたいな感覚をずっと引きずってるだけで、きっと今の人はテレビのようなきちんとしたスケジュールを求めるんだろう。
まあ、それで食えるレベルの仕事としてそれをやっているのであれば、それはきちんとやらないとね、というのはわかるのだけれども、僕はもっとクリエイターに好き放題やってほしいし、インターネットはテレビでも雑誌でも無いのだから、スケジュールは変わることがあるし、それは良い意味での柔軟性という側面も持っていると思う。
ただ、やっぱりYouTubeでプロとしてやっていくのであれば、それこそ毎日更新とかプロっぽい所作が必要になるんだろうな。
それはYouTubeにテレビを求めるのかインターネットを求めるのかの違いで、僕はインターネットを求めている。
でもみんなはテレビを求めている。

で、話が戻ると、結局パブリックな場で、特にお金や名声を稼ぐ目的でインターネットをやると、大いなるバズには大いなる責任が伴うので、そんなのめんどくせーって思っている人がローカルな活動に寄っていっている気がする。
そういえばPatoreonとかのパトロン系サービスだと、結構きちんと更新頻度を掲げている人もいるし、ほとんど放置で続けているみたいな人もいるけど、僕はどちらの活動スタイルも受け入れている。

きちんとする自由もあれば、だらっとする自由もある、それがインターネットじゃないか。


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