去年、異能vationに送ったやーつ

箸にも棒にもかからなかったやーつ。
っていうか数年前から焼き直してるやーつ。

研究テーマ(50文字以下)*

地図要素の情報リンクによる現実世界の位置情報ゲーム化

実現したい目標 - アンビシャスなテクニカルゴール ー (600文字以下) 80 * 15行

ゲームに熱中しすぎて睡眠不足のときに、ゲームと現実の区別があやふやになった経験のある人は少なくないだろう。
具体的に言えばドラゴンクエストをやりつづけていると、現実世界の「教会」がセーブする場所に見えてくる、といったような経験である。
他にもゲームの定番表現としての「宿屋に泊まることでステータスを回復」「酒場で仲間集め」など、ゲーム中でキーポイントとなる場所というものは、案外この現代日本においてもホテルや居酒屋といった形で少し名前を変えつつも存在している。
本研究はそういった現実世界に存在する店舗などの地図要素を、例えば「きずぐすりを買うにはドラッグストアの近くに行かなければならない」など、それ自身が持つ意味をそのままに位置情報ゲームに取り入れ、拡張現実的に現実世界をゲーム化する試みである。
現実世界をゲーム化している代表的な例としてIngressが挙げられるであろうが、それは一見現実世界をゲーム化しているように見えるが、実際には現実世界にあるオブジェクトを単純にポータルという名前で利用しているのみであり、その地図要素自体の意味を持っていない。
この研究は現実世界とゲーム世界を、地図要素自体の持っている意味で完全にリンクすることにより、現在チェックインサービスなどで断続的に行われている現実世界からインターネットへの接続をよりシームレスなものとして実現するものである。

実現への道筋(1000文字以下)

実現のためには大きく二つのものが必要であると考えている。
まず一つ目が地図情報である。
現実世界をベースとしたゲームを制作するにあたって、道路や建物や店舗など代表的なランドマーク情報は必須である。
ただ地図に関する技術というのは非常に価値の高いものであるが、既に多くの企業が開発研究を手がけており、また地図技術の開発が本研究の目的ではないため、地図情報自体は既存のシステムを利用することを考えている。
二つ目はゲームの実装である。
しかしゲームの内容については情報通信技術というよりゲームデザインの話になってしまうため、ここではあまり触れない。
ただ、一つのゲームを全てのユーザーがプレイすると言うよりも、ゲームデザイン自体は誰でも自由に行えて、ユーザーがプレイするゲームを選べるのが理想型であると考えている。
たとえばホームセンターで武器を調達して町中を歩きながらゾンビと戦うゲームでもいいし、RPGのように酒場で仲間を集めて公園や山などの自然区域でモンスターを倒すゲームでもいい。
そこにストーリー性をもたせて、特定の場所に行くことによってイベントが発生するようにして、スタンプラリーのように各地をめぐることによって物語が進むようにしてもいい。
もちろんリファレンスモデルとして一つのゲームを提供する必要はあるが、そのゲーム性は極力シンプルなものであるべきだろう。
この実現に必要な二つのことについては、それぞれ単独では価値の創造はないが、本研究ではその二つの組み合わせによる化学反応的な新しい価値の発生を目的としたい。

いつかは謝らなければいけないことがある

暖かくなってきたのでクリーニング屋にダウンジャケットを預けてきた。
家で洗えない服は基本的に買わない自分にとって、クリーニング屋に行くのは年間通してこの季節だけだ。
そんなこの季節、クリーニング屋に行くたびに思い出すことがある。

もう8年ほど前になるだろうか。

そのとき僕は初めて入った会社の同期と一緒に酒を飲んでいた。
同期の彼はこう言った。
「実家はクリーニング屋を営んでいるのだが、クリーニング屋というのは意外にも国家資格のいる仕事で、うちの親はそれを持っているのだ」と。
無知な僕は「そんなバカな。服を洗うのになぜ国家資格がいる。なぜアイロンをかけるのに国家資格がいる。」と言った。
彼は「いや、それがあるんだよ」と返した。

僕は彼が酔っ払って適当なことを言っていると思って、それ以上は追求しなかった。

ああ、今思っても、自分はバカだった。
無知だった。

そのときの飲み会はそれで終わったが、その無知さに気づくのはそれから4年ほど後である。

なにげなく映していたNHK教育のテレビ番組でクリーニング工場が見えた。
その番組では、クリーニング屋として独り立ちするために、国家資格であるクリーニング師を目指しながらクリーニング工場で働いている青年を特集していた。

「国家資格であるクリーニング師を目指しながらクリーニング工場で働いている青年を特集していた。」

自分はその番組を見たとき、自分の無知を知り、自分の過ちに気づいた。

ああ、本当に自分はクズだ。
人様の家業を、自分の無知故に貶し、理解しようともしなかった。
カスだ。
ゴミだ。
自分の常識の範囲でしか物事を判断できないアホだ。

ああ謝りたい。
知性の乏しさを自覚した自分は彼に謝りたいと思った。

しかしクリーニング業に国家資格が必要であることを知ったのは、自分が過ちを犯したときからは、あまりにも時間が過ぎていた。
僕はもう会社を辞めていたし、やめた後に少し連絡を取っていた彼とも完全に音信不通になっていた。
絶対に謝らなければいけないことだが、いきなりSkypeで「実は4年ほど前に酒の席で君の親の仕事を…」などと切り出したら、かなりの変人である。
もっと自分がさりげなく連絡を取ってさりげなく話を切り出すことができる人間であれば違ったのだろうけど、残念ながら僕はそういう器用さは持ち合わせていなかった。

結局、そのままだ。
彼とは連絡を取っておらず、今までずっと毎年、クリーニング屋に行くたびにこのことを思い出すだけだ。

でも良いのだ。
良くはないが仕方ないのだ。

自分の無知で人を傷つけてしまうのも、
うまい具合に連絡を取ってさりげなく謝ることができないのも、
俺の業なのだ。

俺にできることは、
次こそは、そうやって人を傷つけるようなことを
次からは絶対に言わないようにする
そうすることだけなのだ。

クリーニング屋に行くたびに、自分のどうしようもなさを再確認して、
次こそは同じような過ちを繰り返さないように心がけることだけが、俺にできる唯一のことなのだ。

5年間ソフトサンティアを愛用してきた僕がロートソフトワンに乗り換えたたった一つの理由

容器がしっかりしてる

ソフトサンティアは容器が全体的にヤワくてキャップがクルクルーって感じなんですけど、ロートソフトワンは容器が全体的にカタくてキャップがパキッとしているので持ち運びに向いていて最高。

Kindleのジレンマ

リアル本 → ぜひとも印刷された紙で持っておきたい好きな本
Kindle本 → そこまででもない本

って使い分けようと思ってたんですけど、よく考えてみたらそこまででもない本って古本屋で買うことが多いので、結果的にリアル本ばかり買ってしまっている気がします。
小説の文庫本なんかだと、別に所有感なくてもかまわないし、新品でも古本屋でもKindleでもたいして値段が変わらないのでKindleで買うこともあるのですが…

まあ、ブックオフの100円コーナーを巡るのが趣味みたいな僕には電書化生活というのは無理な話だったのかもしれません。

トコノイタンハの2getが目立ちません

B09MygNCIAAyVdZ.jpg_large

ネット上に生まれた数ある名コテハンのうち、やはり僕にとって最も身近であるコテハンといえばトコノイタンハだろう。
2000年頃からオンラインとオフラインに彗星のように参上し、その高い身長と甘いマスク、ネットカルチャーと音楽への造詣の深さを見せつつ、異性同性を問わず魅惑し、また後の掲示板界でも「ひたすら2getする」という前衛的なコミュニケーション表現によって、2getがスレ立て主への敬意表現なのか否かという議論を呼びつつ、その議論の結果を待たずにネット界を去ってしまったトコノイタンハである。
活動期間の短さもあり、広く知られた名前ではないが、トコノイタンハ名義での活動を終了した後も2〜3年ごとにネット界の著名人から「そういえばトコノイタンハってどうしてるの?」と話題に上がる辺りが、彼の存在感の強さの証明でもある。

さて、そのトコノイタンハと今日、秋葉原で飲んできた。
彼がLINEで「死にたい」と言ったので、僕が「死ぬ前にアカギみたいに色んな人を集めて対談しましょう」と言い、なぜかわからないが、とりあえず秋葉原に集まろうということになったのだ。

僕はトコノイタンハにおごってもらったビアードパパのシュークリームを食べながら、トコノイタンハにおごってもらった北乃カムイのガラナを飲み、UDXのウッドデッキで、僕たちの今までとこれからについて、少しだけ話をした。
その結果「まあ絶望的ではあるけど、死ぬほどではないな」ということになり、いい加減、日も落ちてきたのでどこかに入ってサッと酒を飲もうと言うことになったわけだ。

秋葉原で飲むと言えばサイゼリヤである。
酒を出す店はいくつかあるのだろうけれども、夜が長い町ではないので、店の選択肢は少ない。
いい大人が二人とはいえ、肩と腰と絶対領域を露出したメイドさんにフラフラとついていくのは、少し怖い。
ここはやはり明朗会計の安心店であるサイゼリヤに行こうではないか、ということで僕たちはサイゼリヤ秋葉原中央口店に向かい、白ワインや赤ワインなどと一緒に軽いつまみなどを飲み食いし「これでも二人で1500円にもならないぞ」などと注文明細を見て高笑いをしてから会計をすませて店を出た。

夜勤明けで丸一日以上起き続けているトコノイタンハは言う、
「おう、15よ、俺はもう帰るぞ。何線で帰る。秋葉原駅かい、末広町かい」
「何線、何線。なにせんで帰りましょうかね。じゃあ”ぜんりつせん”で帰りましょうか」
「ひゃっひゃっひゃ、じゃあ”ぜんりつせん”の何駅だい」
「この辺だと何駅になりますかい」
「そうだな、ここいらでは”せいえき”か」
「ぎゃっきゃっきゃ、いいですね。”ぜんりつせん”の”せいえき”はっしゃ。ぎゃっきゃっきゃ。”せいえきはっしゃ”。」

僕たちは30分でデカンタ2本ほどを空けていたので上機嫌だった。

ひとしきり笑った後、トコノイタンハは「じゃあ俺は帰るぞ。15も帰れ」と言って、銀座線の地下階段に消えていった。

僕は少し飲み足りないような気がして、末広町のサンクスに入ってエビスのロング缶を買った。
一人でガードレースに腰掛けて缶をぷしゅうと空けると、道路標識に車のヘッドライトの明かりが反射して綺麗に輝いているのが見えた。
「あはは、こんなに標識が綺麗なのに。誰も見てない」
あーあ。
僕はバランスを崩してガードレールからゴロリと歩道へ。

あーあ。
雑居ビルの谷間から空は見えるけれども星は一つも見えない。
明るいなあ。
さすが電気街。
なんて思う。

そしたらおまわりさんがやってきたので途端に身を起こして「帰ります、大丈夫です」なんて。

ちゃんと帰るよ、トコノイタンハが「今日のオフレポを書け」って言ったからね。
100回以上サシで会ってるだろうに、今さらオフレポなんて、ね。
はは。

渋谷でソバ食って帰って書きますよ。
はは。

1600円のリモコン

小金をもてあましていた1年ほど前のこと、俺は所有しているテレビジョンの音響を強化すべく、サウンドバーなる家電製品を購入した。
要するにテレビに外付けするスピーカーである。
我が家のテレビは32インチとサイズは中型クラスながらフルハイビジョン倍速液晶3D機能対応などを謳う、当時としてはかなりハイエンドな製品であり、おおよその品質においては満足していたのだが、しかし音響に限っては非常にいまいち、いまに、いまさんと言わざるをえない性能であり、ニュース番組はともかく、音楽番組や映画を見る際にはテレビ側部に備え付けられているイヤホンジャックに3mほどの延長コードをつなぎ、そこへ手持ちのヘッドフォンを接続して番組を視聴するなどのおよそ現代人らしからぬ視聴スタイルを強いられてきたのである。
テレビを購入した当初は、せっかく安くはない金を出して買ったのに10年前のブラウン管テレビより音が悪くなっているではないかと憤慨してしばらくテレビの視聴を放棄したこともあったのだが、後に調べてみるとこれは決して東京芝浦電気の技術開発力不足や怠慢ではなく、どうやら薄型液晶テレビという形状に因るもので、要は薄っぺらいものからは薄っぺらい音しか出ないということらしい。
なるほど確かにブルジョアジーの邸宅などを見ると、たいてい80インチほどのテレビの左右にトーテムポールの様な棒状のものが屹立している。
テレビジョンというものは映像を映すためのものであり、音響機能というのはオマケ、いい音が聞きたいのならきちんとしたスピーカーを買いなさいよね、と分業制になっているのか、そうかそれならばいつかうちも分業制に移行せねばならないなと長年思い続けてきてのサウンドバーの購入であった。

当初はブルジョアジーの真似などして、例の左右にそそり立つスピーカーを買おうと思っていたのだが、家電情報サイトなどを巡回閲覧してみると、どうやらそういった種類のものは主流ではなくなっており、特にミドルレンジ以下の価格帯ではサウンドバーと呼ばれる、テレビ前方下部に設置する横長のものが主であるらしい。
テレビの左右に余白を作れない、つまりは俺のように二十平米に満たないような極めて狭小な空間で生活している人間がテレビの音響強化を図るためにも各家電メーカーは製品開発をしてくれているのであり、まったくもってありがたい、感謝感激、雨あられ。
通販サイトを閲覧中であった俺は、その雨あられに打たれた勢いで右手に握られたマウスの操作を誤り、翌日夕方にヨドバシカメラからサウンドバーが届く次第となった。

DON’T TRUST OVER 30

日本語で言えば「30過ぎを信じるな」といったところだろうか。
ヒッピーやらロックンローラーがよく使う言葉らしい。

なるほど確かに30歳くらいになると、仕事で役職に就いたり誰かと結婚したり住宅ローンを組んだりと、様々なアレがソレして言動が個人的なものとしては収まらなくなってしまう年頃であるので、人間性をTRUSTするかどうかはさておいても、表層に出てくる30歳の言語表現というものは社会性というオブラートに包まれているのであって、そのまま素直にTRUSTできるものではないのかもしれないな。
と20代の僕は思っていた。

そんな僕もいつまでも20代であるわけではなく、当然年を取って30歳になる。
30歳になりそうな僕は思った。
「そういえばoverって『以上』だっけ?『より上』だっけ?overが『より上』なのだとしたら30歳はギリギリセーフでTRUSTされる側の人だな」

30歳になりそうな僕はハイパーテキストトランスファープロトコルの助けを借りながら「over」について調べてみた。
どうやら「以上だよ派」と「より上だよ派」の二派があるらしく、その意味の正確な決定打を得ることはできなかった。
ハイパーテキストトランスファープロトコルもあいまいなやつだ。

だいたい日本語でも「以上」とか「以下」なんて言葉の使い方は、特に口語ではあやふやだ。
「以下」なんて「未満」の意味合いで使われることの方が多いんじゃないだろうか。
そして「未満」の対義語は「超過」らしいのだが、そんな言葉を使ってるのはほとんど見たことがない。

まあ文脈を見て随時判断しろということなのだな。
人間はプログラムではないので<や≦を混同したところでたいした問題ではないのだ。

そういうことを踏まえて「DON’T TRUST OVER 30」の文脈を見てみよう。
おそらく30歳はアウトだ。
しかし30歳がギリギリセーフである説も捨てがたい。
なにせ僕はもうすぐ30歳だ。
まだTRUSTされたい。

などと考えていたのがちょうど1年前。

僕は今日から31歳。
まごう事なきDON’T TRUSTなOVER 30だ。

芳文社の注文書

書店の皆様へ

「まんがタイムきらら系の名作コミックを色々読みたい!」と思ってググってたら偶然見つけたんですけど芳文社って書店向けの注文書をネットで公開していて、なおかつ「売上良好書及び推薦図書」(売れてるまんが、および売りたいまんがのことであると思われる)を公開しているんですよね。
URLをいじるとバックナンバー的なものが見られるので「今日も一日がんばるぞい!」の台詞で有名になった得能正太郎の「NEW GAME!」がいつ頃から売れ筋作品になったかと言うことが類推できて、マンガ好きにとってはなかなか興味深い内容になっています。

コンテンツとアーキテクチャ

コンテンツがアーキテクチャを規定した例:
カラヤンが「新しいメディアを作るなら第九が入るくらいの容量があるといいナァ」って言ったのでCDの容量は74分になった
(諸説あります)

アーキテクチャがコンテンツを規定した例:
「フルボイスのギャルゲーで自分の名前を読み上げてくれないのは寂しいナァ」とみんなが思ったので、名前を読み上げる必要がないメイド(呼び方:ご主人様)や妹(呼び方:お兄ちゃん)がギャルゲーにたくさん出るようになった
(諸説あります)

っていう話をマクドナルドで隣の女子高生がしていました。

僕は状況認識能力が低い

先日、駅のホームでボーッとポスターを眺めていたら後ろの停車中の電車の中から「すみませーーーーん!!」という女性の大声が聞こえた。
なんだなんだ、どうしたんだ。
振り返るとそこには電車のドアから半身を出しながらホームの改札方向に向けて叫んでいる女性。
手には傘を持っている。
どうやら僕に対して声をかけているわけではないらしい。
ならいいや、僕の問題ではないらしい。
しかしホームの誰も振り返らない、いったい何なんだろう。
そう思いながら再びポスターに目を戻した。
「すみませーーーーん!!」と再び後ろで声がする。
発車ベルが鳴る。
ドアが閉まる。
ぷしゅー、がたんごとん。
ああ、そういえばなんでこの女性は大声をだしていたのだろう。
誰に対して何の用事で「すみません」と言ったのだろう。
ポスターから目を外して少し考えた。
女性は手に傘を持っていた。
そうか、あの女性は電車内に忘れられた傘に気づいてその持ち主を呼んだのではないだろうか。
傘が忘れられていることには気づいたが、停車時間がほとんどない地下鉄ではわざわざ降りて手渡しすることはかなわず、降車した何人かのうちの中の誰かに向けて「すみません、傘を忘れていませんか」という意味でその言葉を発したのではないのだろうか。
それに気づいたときには電車は既に暗い地下の線路の向こうに行ってしまって、がおおという走行音が小さく聞こえるだけであった。
電車から降りた人のすべては改札口に向かっており、誰が傘を忘れた人なのか全くわからなくなっていた。
僕はその場ですぐに「誰が傘を忘れたんですか」と言えなかった自分の反応の悪さを呪い、「すみません」というアバウトな呼びかけしかできない善意の女性を呪い、そもそも傘を忘れた人を呪った。

という話を知人にしたら「いや別に傘を忘れたとは限らないんじゃね?万が一傘を忘れたとしてもおまえが気に病むことはないんじゃね?」って言われたのですが僕の中では絶対傘を忘れたシチュエーションだと思ったので今ここでブログに書きました。

気に病むべきことかどうかは知らないね。